研究内容
「なぜ我々はこの世界に存在しているのか・・・」
物理学で、こんな根源的な問いに迫ることが出来るかもしれません。
背景 :「物質」と「反物質」
我々の体や身の周りにある物質は、すべて原子から出来ています。原子は、陽子や中性子が寄せ集められた原子核と、その周囲に存在する電子で構成されています。一方、これら物質を構成する粒子に対して、電荷が逆になっている反粒子というものが20世紀初頭に発見されました。この「反粒子」によって構成されるものを総称して「反物質」と呼びます。宇宙が誕生した時、最初空っぽだった宇宙空間で対生成によって物質と反物質が作られていったと考えると、物質の量と反物質の量が等しく保たれてしまい、いずれすべてが対消滅してしまいます。しかし、様々な天体や地球上の物、ひいては我々の体も、すべて物質として存在しており、突然反物質がやってきて、対消滅して消えてしまうことはありません。地球が誕生してから46億年、これほど長い間物質が安定して保たれているということは、どうやら反物質の量が物質の量に比べて相当に少ないようです。それでは、物質と反物質の量がアンバランスになってしまったのは、なぜなのでしょうか。
キーワード:反物質
1928年頃、イギリスの物理学者 P. W. Dirac は、この「電子」に対して質量とスピンが同一で電荷だけが逆である「反電子」が存在するはずだと考えました。実際1932年に、カリフォルニア工科大学の C. D. Anderson が霧箱中で観測し、これを「陽電子」と名付けました。このようにして、「物質」に対して対をなす「反物質」、あるいは「粒子」に対する「反粒子」が存在することが分かったのです。物質と反物質は、光(エネルギー)からペアで生まれたり(対生成)、逆に打ち消しあって光(エネルギー)になったり(対消滅)することが出来ます。反物質の一例として、陽電子のほかに、陽子の対となる「反陽子」があります。
CP対称性の破れ
物質と反物質の量が異なる理由は、未だ解明されておらず、現在も研究が続いています。しかし、その謎を解く鍵は少しずつ明らかになってきています。物質と反物質の量がアンバランスになる条件の一つが、CP対称性が破れていることです。これは、荷電共役変換 (Charge conjugation: 電荷を逆にする数学的操作) および 空間反転変換 (Parity: 鏡写しにする数学的操作) を同時に行った場合に、物理法則が変わってしまうことを意味します。このCP変換と同義となる変換が、時間反転(Time:文字通り、時間を反転させる数学的操作)です。現在のところ、C変換、P変換、およびT変換をすべて同時に行った場合に物理法則が変わらないこと(CPT保存)は高い精度で示されているため、T対称性が破れた場合はその現象ではCP対称性が破れていることが要請されます。
キーワード:対称性の破れ
利き手ではない方の手で箸を持ったり文字を書いたりすると、うまく食べ物を掴んだり字が書けません。物理学でもこのように、「右」と「左」で物理法則が変わることがあり、これを「(離散的)対称性の破れ」と呼びます。我々の実験では、「時間がある方向に流れている場合」と「逆方向に流れている場合」で物理法則が変わるかどうか、調べようとしています。対称性の破れは身近なところでも知られています。アミノ酸の分子にはR型とL型が存在し、互いに鏡写しの関係にありますが、生命に必須のアミノ酸はこのうちL型だけであることが知られています。また、DNAの二重螺旋構造は原理的に右巻きと左巻きが可能ですが、実際に存在するのは右巻きのみです。このような生命の謎も、物理学における対称性の破れによって解明できるかもしれません。
永久電気双極子能率を探索しよう
永久電気双極子能率(Electric Dipole Moment : EDM)は、古典的には正電荷と負電荷が対になっているようなベクトルです。電子や原子、中性子などの基本粒子が、スピンに沿ってこの性質を永久的に保有している場合、T変換を行ったときにスピンの向きは反転するのに対し、EDMのベクトルは反転しないため、T対称性の破れが生じます。1957年にオークリッジ国立研究所のSmith、Purcell、Ramseyが、最初のEDM直接測定を中性子ビームを用いて行って以降、電子、中性子、原子、分子などに対してこの性質の存在を確かめる実験が行われていますが、現在までにどの粒子に対しても有現値は発見されていません。
EDMの起源はどこに?
EDMはどのようなメカニズムで発現しているのでしょうか。真空中では、様々な素粒子の生成・伝搬・消滅が繰り返されています。このような量子補正効果と呼ばれる現象の中には、未知の素粒子、たとえば超対称性粒子などが生成・伝搬・消滅する効果も含まれています。未知素粒子や対称性の破れの効果により基本粒子に電荷分布の偏りが生じてEDMが発現します。このEDMの大きさは、未知素粒子の質量や対称性の破れの度合いを示すパラメータに依存しています。このようにEDMには、真空中に凝集している未知素粒子の情報がたくさん詰まっています。
フランシウム〜それは対称性の破れ(EDM)を増幅する顕微鏡
原子番号87番のフランシウム(Fr)は第7周期の最初の元素(=原子量最大のアルカリ原子)です。その性質として、最も長いものでも20分ほどの寿命しかなく、自然にはほとんど存在しません。しかし、加速器による原子核反応を用いて人工的に生成することで、実験に利用することができます。フランシウム原子は、原子核に多数の陽子を含むことから原子内部に軽い元素と比較して強力な電場を生じます。この性質を利用し、内部構造として保有する電子のEDMを、約1000倍に増幅して観測する「顕微鏡」としての役割を持つことが相対論的結合クラスター理論の精密計算により示されています。
キーワード:レーザー冷却&光格子
レーザー冷却は、アルカリ原子を含む複数の原子に対しては、共鳴する特定の波長のレーザーを入射することで、原子をミリケルビン以下の温度まで急速に冷却する技術です。3次元レーザー冷却と磁場を組み合わせた磁気光学トラップにより、原子を冷却原子の雲として捕獲することが可能となります。光格子は、原子と共鳴しない強いレーザー光の電磁場によって周期的な光の格子を作り出し、原子を空間的に捕獲する技術です。レーザー冷却と組み合わせて極低温の原子を捕獲し、じっくりと原子からの信号を調べることが可能となります。
表面電離イオン源
核融合反応により大強度のFrを生成し、光格子へ輸送します。
検出器:光格子原子干渉計
未知の素粒子の場による量子補正効果は、重元素スピンの歳差周期を変化させます(左図)。このスピン歳差周期を高精度に測定するために、核反応で生成した重元素をオンラインでレーザー冷却し(右図)、光の定在波で形成される格子状のポテンシャル(光格子)にひとつづつ配置します(中央図)。未知素粒子の伝搬によるごくわずかな原子系のエネルギー変位を測定して、未知素粒子の質量階層構造に迫ります。
レーザー光源
Frや、共存磁力計に必要なRb/Csなど、複数の原子を冷却・トラップするためのレーザー光源。ここで生成したレーザー光を磁気光学トラップや光格子へ光ファイバーで伝送します。